「二つの大恐慌」の視点から

 もう一ヶ月前になるが、EichengreenとO’Rourkeによる1930年代の世界大恐慌と今回の危機との比較分析がvoxeuにアップデートされている。
 前回(6月)の更新時点と比べると、新たに追加されたデータから見えてくる景色は異なってくる。詳細は該当のエントリをご覧頂くとして、今回のアップデートから彼らが論じるインプリケーションについて纏めつつ、簡単にメモ書きしてみたい。
 まず、世界の工業生産が増加に転じたのは明るいニュースである。世界大恐慌の際には工業生産が三年間下落を続けた。今回の危機の場合、生産の動きが反転していることが観察される。しかし懸念材料はある。論点の一つは拡大した生産が需要に結びつくのかどうかということだ。リーマン・ショック時から09年3月頃までの急激な落ち込みとその反転が在庫調整に基づくものであるのならば、今後生産が力強い伸びを持続するとは考えがたい。先進国で観察される失業率の拡大と物価の下押し、弱弱しい消費といった状況が持続するならば二番底もありえる、というのが彼らの懸念事項である。私も同様の感想である。
 世界の株式市場の動きも09年以降明確な反転が見られる。しかし大恐慌との比較という意味では、08年10月から09年にかけての株価の下落のインパクトは大きく、現状において同時期の大恐慌の水準をクリアしているわけではない。世界貿易の落ち込みも09年に入り小康状態にあり、直近値(6月)は反転している。ただし、落ち込み自体は大恐慌時と比較して大きいことには変わりはない。我が国では国際収支統計(8月速報値)が本日公表されたが、経常収支は黒字となったものの、輸出・輸入(以上季節調整値)とも前月比では2%〜3%の伸びであり、対前年同月比では3割から4割の下落といった状況には変化がない。通関統計から相手国別の輸出動向をみても、前年同月比で3割から4割の下落、前月比で数%の上昇といった傾向は変わらない。貿易の状況を見る限り、今回の危機から明確な形で脱却した国は存在していないのである。
 EichengreenとO’Rourke のFig2.及びFig3における比較や、更に、第二次大戦後の金融危機の中で今回の米国の資産価格及び住宅価格の落ち込みが最悪であり、かつ経常収支の赤字幅も最大であるという点(「This Time Is Different」13章、fig13.3〜13.5)を考慮すると、今回の金融危機が住宅価格、資産価格に与えたインパクトの大きさは最悪といえよう。最悪のインパクトに対処するために各国は最大規模の政策を行っているわけだが、現在の規模で危機を乗り切ることが出来るのかというとまだ不足している、というのが現状のようだ。
 勿論、信用危機を沈静化したというこれまでの政策の実績は評価できる。だが、問題はどこまで拡張的な経済政策を続けることが可能なのかという点である。ラインハートやロゴフの答えは、長期的な財政の維持可能性に配慮しない政策を行うのならば、ドル安と国債の暴落(長期金利の急騰)が生じるというものだが、「前門の虎、後門の狼」の懸念をクリアすべく綱渡りが要求される状況というのが現状の米国の姿なのかもしれない。