竹森俊平「地球を読む」(5月25日読売新聞朝刊掲載)を読む。
5月25日朝刊で竹森教授の論説が掲載されていた。著作権保護のためだと思うが、ネットでは論説が掲載されていない模様だ。以下、竹森論説を紹介することで他紙を購読されている方の便宜に供しつつ、感想を書くことにしたい。
1.サブプライム問題の現状についての二つの謎
竹森論説は、サブプライムローン問題の展開−昨年8月に発生し金融市場の混乱を生じさせ、本年3月の米国証券会社ベアスターンズの経営危機で頂点に達した後、現在は小康状態にあるように見える状況−に際しての謎として二つの点を指摘する。
一つはサブプライムローン問題は「戦後最大の金融危機」とも称されるのに関わらず、金融機関(銀行、証券)の推定損失額は40兆円〜50兆円であり、米国株式時価総額2200兆円から見れば大したインパクトを持っていないとも言える、という金融危機としての評価と経済へのインパクトとの齟齬についてである。もう一つは、3月のベアスターンズ危機を経て現在小康状態にあるのはなぜかという点である。
2.金融危機としての評価と経済へのインパクトの「齟齬」はなぜ生じたのか?
一つ目の謎だが、サブプライムローン問題が生じたことに伴う損失は短期で借り入れた金を長期資産で運用する金融機関に集中した。金融機関は損失に備えて引当金を積むわけだが、それが自己資本である。損失額が膨らめば自己資金は底を付き、資本家は金融機関への短期の貸し出しを控えるようになる。すると、金融機関は長期資産の運用を手控えるようになる。危機が金融システム全体に波及していくわけだ。問題は損失額の規模と株式時価総額といった比較ではなく、損失額により金融機関が破綻するのかしないのかという話ということである。
3.現在の小康状態をもたらしたもの
二つ目の謎だが、ベアスターンズ危機を乗り切ったのは、以上の点を見通したFRBの果断な処置によるところが大きい。資本家による短期の貸し出しの引き上げが証券会社に対して生じたというのがベアスターンズ危機だろう。そのことで破綻に瀕したわけだから、異例の措置として連銀の監督下にない証券会社に特別融資を行うことで救済に乗り出したわけである。さらに、買い手の付かない住宅ローンを母体とする証券を担保として認めて金融機関に貸し出しを行い、金融システム全体にも流動性の供給を行ったわけだ。
FRBの行動が果断であったことが現在の小康状態を生み出したと言えるだろうが、バブル崩壊時の政府・日銀にはこの決断力がなかったと竹森教授は論じている。さらに、問題解決能力では米国は抜きんでているが、それを過信するあまり危険な行動にでて問題を拡大させる方向にあると続ける。日本の政治状況は問題処理能力では最下位、民間も慎重になりすぎてじり貧に陥るという意味で対象的、となる。最後に、竹森教授は「サブプライムローン問題が大変なのは実はこれからだ」と論じる。住宅ローンの不払いが増えれば金融機関の経営は再度悪化するだろう。そして住宅価格の下げ止まりが生じなければ住宅ローンの不履行を通じて金融機関の損失は更に膨らむことになる。米国が次にとる政策は、住宅ローン債務の思い切った軽減策となる。
4.感想
サブプライムローン問題を米国金融政策の側面から論じたのは中央公論5月号の論説(http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080421/p1)だが、今回の竹森論説では、同様の論点を自己資本と損失額との比較を通じて議論している。40兆円〜50兆円の損失額は確かに株式時価総額の面からみれば小額だが、欧米の主要金融機関の自己資金(Tier1)とほぼ同額である。株価の下落といった他の損失をあわせれば金融機関の破綻が現実のものであるという深刻な金融危機が生じているのは事実である。
上記では紹介していないが、「短期で資金調達し、長期で運用する」という金融機関のスタイルは米国金融業界の変化と無縁ではない。論説で竹森教授は「利益を求める競争」と表現しているが、銀行もファンドも皆高利益を求めて行動するようになった。このことが金融危機において短期資金が金融機関から一気に逃げ出すという状況を作りだすとともに、巨額の資金を毎日借り継がなければ行き詰まる自転車操業を行わせることになった。98年の金融危機を米国がスムーズに乗り切った一つの理由として、健全な米国銀行の存在を竹森教授は指摘する。まさに「問題解決能力を過信するあまり危険な行動にでて問題を拡大させた」のが今回のサブプライムローン問題かもしれない。
今後米国がとるべき政策についてだが、住宅ローン債務の思い切った軽減策を竹森教授は指摘している。我が国の不良債権問題の経験からすれば、一国で引き受ける損失額という意味では我が国の不良債権問題の方が遥かに規模は大きい。そこが「金融危機」としてのサブプライムローン問題と影響度の齟齬を生み出していたわけだ。米国の金融政策の動向を見ると、米国の政策金利(FFレート)は2%まで下がった。昨年8月の水準からすると8ヶ月で半分以下の水準にまで下げたことになる。金融政策としてさらなる政策金利の引き下げを行うか、金融政策と併用しつつ公的資金の投入を行うことになるのか、といった点も興味あるところである。竹森論説の結語からすると、サブプライム問題で大変なのはこれからである。原材料価格の高騰といった外部環境と合わせて考えれば、もう好い加減我が国も重い腰を上げてもよいのではなかろうか。たとえ遅すぎるとしても「じり貧に陥る」よりはましだろう。