齊藤旬・久武昌人『「イノベーション」に不可欠な制度 「パートナーシップ」のための会計・税制』を読む。

 一橋ビジネスレビュー07年春号所収。我が国の法人税率は国税地方税を合わせた実効税率で見ると、ほぼ40%である。海外に目を転じた場合、この値は米国よりはわずかに低いものの欧州諸国やアジア諸国と比較すると高い水準にあり、今般の税制改正においても財界からは政策減税(R&D、IT投資、教育訓練)の継続・拡充と併せて法人税減税を求める声が上がっている。
 さて、ここで一つ疑問が生じる。米国は主要先進国およびアジア各国と比較して法人税率は高いのはなぜだろうか?高い法人税率とマクロ経済環境や企業業績には関係があるのだろうか?確かに米国の場合は競争促進策(米国雇用法)の存在、税収に占める法人税の割合が小さいこと、間接税主体の税収構造、等々様々な要因があるため、法人税が高いといっても実際に企業の負担感は大きくないのかもしれない。但し、企業が事業活動を行い利益を上げれば法人税として徴集されるため、高い法人税は企業の生産性に影響するという見方も成立するだろう。
齊藤・久武論文では米国の事業形態として、日本の株式会社(C Corporation)に変わり出資者レベルで利益が課税される事業組織形態(S Corporation、パートナーシップ)が主要な事業形態となっており、それが企業のイノベーションに大きな影響を与えていると論じている。以下、齊藤・久武論文の内容をみていくことにしよう。

1.日本と欧米のイノベーション政策の違い
 現代は大発明家個人や大企業研究所がイノベータを務められない時代である。それはイノベーション自体の「得体の知れなさ」、説明不可能性が高まったことが背景にある。
 我が国の政策担当者(元科学技術担当大臣茂木氏)の「科学技術は客観的なので比較・評価は可能」との発言や、「紙一枚で表現できる」プロジェクトに対して多額の資金をつぎ込むという日本の政策からは、イノベーションが持つ「得体の知れなさ」についての理解は皆無であると推察される。
一方で欧米はイノベーションの「得体の知れなさ」を認識した上で政策を行っている。この場合、「重点分野を予想して税負担を軽減すればイノベーションを促進するのでは」という議論は誤りである。なぜなら、イノベーションを行う事業が予想できたとしても*1イノベーション事業は元来赤字であるため税負担軽減策は何ら意味がない。

2.米国は何をしたのか?
 齊藤・久武論文では、フリードマンが「選択と自由」で議論した法人所得税廃止論を米国は実質的に実行に移したと論じる。
 フリードマンは、税が法人そのもの、そして所得が分配される株主、という形で二重に課税されている点を指摘したが、レーガン政権以降の税制改革では法人税を温存しつつ、新たな事業体を認めることでフリードマンの議論に沿った改革を行った。つまり、米国は事業体活動によって得られた所得もしくは欠損が課税対象とならず、最終的に出資者の合算所得に対して一回だけ課税される事業組織形態を整備した訳だ。これがS Corporation、パートナーシップと呼ばれる事業形態である。
 以下、参考として、米国における事業組織形態ごとの純所得の割合の推移をみると、株式会社形態(C Corporation)の比重が減少している一方で、パートナーシップおよびS Corporationの比重が高まっていることがわかる。

米国における事業組織形態ごとの純所得の割合

(資料)Petska,Parisi,Luttrell,Davitian and Scoffic(2005)*2(Fig.E)より転載。

3.株式会社とパートナーシップの違い
 所謂株式会社(C Corporation)とパートナーシップの違いについては、まず出資及び所有権について押さえる必要がある。自分の資金をある会社に「出資」するとは、「ある会社に財の所有権を移転するとともに会社の事業に伴う責任を分担すること」を意味している。そしてCorporateとパートナーシップにおける「出資」の意味合いの違いは、「収益権」の移転が生じるか否かで決まる。個人から企業への「収益権」の移転が生じる場合がCorporateだが、この場合には企業が収益を得た際、それはまず企業に帰属する。よって法人税を支払った後の税引後収益が出資者に配分されることになる。パートナーシップの場合は、出資により個人から企業への「収益権」の移転が生じない。そのため、企業の得た利益はそのまま出資者に分配されることになる。(パススルー)
 法人税制の特徴は担税力概念が組み込まれていることである。これは企業が事業活動によって得た利益及び損失と税務会計上の利益及び損失(課税所得)が異なることを意味している。従業員や資産規模に基づいて法人税を適用するベースとなる課税所得が定まるというのが担税力に基づく評価だが、課税所得が利益を大きく上回る際には企業にとっての税負担は過大となる。例として同論文では01年に企業が大規模なリストラを行った際の税務会計上利益に対する税額の割合が上場企業平均で130%になった点が述べられている。
 一方、パートナーシップの場合には、個人から企業への「収益権」の移転が生じないため、課税所得と利益の相違が生じない。つまり各パートナー間の協議により利益が確定し、それがそのまま税務上の利益になる。

4.株式会社とパートナーシップとイノベーションの関係
 以上、簡単に事業形態の違いを敷衍したが、同論文では合わせて企業の税負担率の比較も行っておりこちらも興味深い。イノベーションが「得体の知れないもの」であり、頻繁に「死の谷」となるものであるならば、安定経営を行うことが税制上要請される株式会社の形態の元ではイノベーションが生じにくいことは道理だろう。
 米国がこのような税制を導入できた背景には、我が国と異なり法人税に依存する度合いが低いことも理由の一つとしてあると考えられる。パートナーシップの形態をとる企業が増加すれば税収も少なくなることが予想されるが、案に相違して米国ではパートナーシップ形態をとる企業がイノベーションに成功し利益を上げた結果、税収が増加している。
 本論文の末尾にも述べられているように、日本版LLC,LLPにおいてパートナーシップの仕組みは取り入れられていない。法人税減税に正面から取り組むのではなく、「人々によるチャレンジ」に対しての減税を行うことでイノベーションを促進するという視点も重要ではないだろうか。

*1:元々予想できないのがイノベーションなので定義矛盾だが

*2:http://www.irs.treas.gov/pub/irs-soi/05preprt.pdf