貿易財に体化された生産要素の輸出入の推計

 大和総研原田さんの論説から(http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/harada.cfm?i=20070928c3000c3&p=1)。原田論説では、輸入拡大こそ人口減少対策の妙案として、日本の労働人口が減少していく中で、たとえ移民といった形で海外労働者の受入れを進めなくても、労働をより多く含んだ製品を輸入すれば、それは労働を輸入しているのと同じことである、と議論している。さらに、労働生産性の低い産業を輸入に置き換えることで自国の生産性の高い産業に労働者を特化し、労働生産性を高めれば、労働人口が減少しても日本の豊かさは維持できる、と論じている。これはもっともな議論だろう。

 では、以上の原田論説のイメージに基づいてみた場合、我が国がどの程度輸入に体化された形で労働者を受け入れているのだろうか。そして、輸出に体化された形で労働者を送り出しているのだろうか。
 この考え方に沿って、我が国が製品に体化された形でどの程度労働者を含む生産要素の輸出入を行っているのかを推計したのがIto and Fukao (2004) *1である。
 Ito and Fukao (2004) では、貿易財(輸出財、輸入財)の生産に必要な生産要素(生産労働者(生産工程・労務作業者)、非生産労働者(専門的・技術的職業、管理的職業、事務、販売、サービス等)、土地、有形固定資産)の投入量が我が国の財貿易にどの程度反映されるかを分析している。
 Ito and Fukao (2004)では、1980年、1990年、2000年時点の計測がなされているが、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2005)*2では、Ito and Fukao(2004)の考え方に即して、1980年、1990年、2000年、2004年時点のfactor contentを計測している。
 推計結果は下記の通りである。結果を順に見ていくと、90年以降生産労働者の純輸出は減少を続けている(63万人→32万人)一方で、非生産労働者の純輸出は増加している(38万人→41万人)ことがわかる。特に貿易相手国が中国・香港の場合には純輸出がマイナスとなっており生産労働者の場合にはマイナス47万人、非生産労働者の場合にはマイナス6万人となっている。
 土地資産、土地を除く有形固定資産の場合、輸出入ともに増加しているが、純輸出で見た場合にはわずかに減少している。尚、比重としては機械、建物といった土地を含まない有形固定資産の交易が大きい。

我が国のfactor contentの推移(1980〜2004)

(出所)Ito and Fukao(2004)を参考に三菱UFJリサーチ&コンサルティングにより計測

 以上の推計結果からどのようなことが言えるのだろうか。まず、我が国は生産労働者・非生産労働者のインプットが体化された財の純輸出はプラス(輸出超過)であるものの、非生産労働者のインプットが体化された財の純輸出の値の方が大きくなっている。これは2000年以降において生じている現象であり、Ito and fukao(2004)でも確認されている。この原因としては、2000年以降、相手国が中国及び香港の場合の生産労働者の純輸出がマイナス、つまり我が国が中国及び香港から財輸入に体化される形で生産労働者の受入れを進めているという事実が影響していると言えるだろう。
 資本の輸出入に関しては、純輸出はプラスであり、我が国は貿易財に体化される形で資本輸出を進めていることがわかるが、その規模は2000年から2004年にかけてわずかに減少していることがわかる。
 現状では平成17年産業連関表(基本表)が公表されていないため、04年及び05年の数値は簡易的な形での推計に留まらざるをえない。原田論説と照らし合わせて考えると、推計結果からは2000年以降の我が国のfactor contentの輸出入の動向は「生産的な労働者を受け入れ、非生産的な労働者を輸出する」という状況が進んだ結果、労働生産性が停滞していると見ることができ、さらにその動向には中国及び台湾との交易が影響していると言えるのではないだろうか。

(参考:推計方法)

使用データ
 総務省国勢調査」1990年の産業別・職業別就業者数、経済産業省「工業統計表」1990年の産業別有形固定資産額、土地資産額、総務省「平成2−7−12年接続産業連関表」1990年産業連関表(名目値)、経済産業省「簡易延長産業連関表」(平成12年〜平成16年)輸出入マトリクスおよび輸出入デフレータ、JIPデータベース1980年、90年、2000年の輸出入マトリクス(90年実質値)をそれぞれ参照した。

使用データ

総務省国勢調査
経済産業省「工業統計表」
総務省「平成2−7−12年接続産業連関表」
経済産業省「簡易延長産業連関表」(平成12年〜平成16年)
・JIPデータベース(深尾他(2003)、『産業別生産性と経済成長:1970−98年』、経済分析170号

計測方法 
 以上で収集したデータを下記の形で加工し、計測を行った。尚、Ito and Fukao (2004)では産業連関表の基本分類に即した形で計測を行っているが、統合中分類(99分類)をベースとして計測を行った。計測式は下記の通りである。

計測式

要素投入量
 Ito and Fukao (2004)では製造業が対象であるため、資本、労働のそれぞれについて上掲資料から1990年時点の製造業に関するデータを統合中分類(99分類)に格付けた。尚、就業者数についてはIto and Fukao (2004)と同様に職種を生産労働者(生産工程・労務作業者)、非生産労働者(専門的・技術的職業、管理的職業、事務、販売、サービス等)に纏めている。有形固定資産額(土地、土地以外)については、「工業統計表」で記載される規模合計の値を用いている。
 以上より、産業連関表の部門に対応した資本、労働投入が得られるため、総務省「平成2−7−12年接続産業連関表」における1990年の各部門の生産額で除することで、生産額一単位に占める要素投入量Dを計測した。

逆行列係数
 Ito and Fukao (2004)では製造業が対象であり、かつ製造業から他産業への影響は考慮しないとの記載がなされている。そこで、総務省「平成2−7−12年接続産業連関表」における製造業部門の投入係数のうち、製造業部門に関するものについて逆行列係数を計測した。

相手国別貿易額
 JIPデータベース(深尾他(2003)では、1990年実質値の産業別・貿易相手国別の輸出入マトリクスが2000年まで整備されている。一方、産業連関表の分類に即した形で経済産業省「簡易延長産業連関表」では輸出入マトリクスとデフレータが公表されている。以上の2つの情報を基本にしつつ、貿易相手国について分解が困難であるものについては貿易月表を参考にして分割し、相手国別貿易額の計測(1990年基準値)を行った。

Ito and Fukao (2004)における結果との接合
 以上の方法で計測したfactor contentの値をIto and Fukao (2004)の結果と整合的な形で表記するため、延長推計で行った2000年、2004年のfactor contentの値から変化率を求めた上で、Ito and Fukao (2004)の2000年の値に乗じて延長値とした。

*1:“Physical and Human Capital Deepening and New Trade Patterns in Japan”, in Takatoshi Ito and Andrew Rose, eds., International Trade, NBER-East Asia on Economics, Volume 14, the University of Chicago Press, NBER Working Paper, No.10209, Cambridge, MA: NBER.

*2:独立行政法人経済産業研究所委託調査「我が国の財・サービス貿易及び投資の自由化の経済効果等に関する調査研究」